"異食"が、世界と自己への根本的な不信に起因していること、そしてその原因は、80年も前の母子関係ではなくて(そうであったとしても)、現在の具体的な関係の中にあるのだということ、そして私たちのアプローチは、それを精神分析のように意識化し、言語化するのではなくて、意識も無意識も、言語も非言語も全部含めて、関係を変えていくのだ、というふうに言うことができる。
とすれば、このNさんの老人ホームの職員の方法論は、じつに的を射ています。
「口唇期」にまで「退行」したかに見えるNさんのニードは、生後間もない赤ん坊のニードと同じだと考えてみればよい。
泣く赤ん坊に向かって、説得する人がいるでしょうか。
怒る人がいるでしょうか。
ましてや、「うるさいから」といって鎮静剤で眠らせたり、手足を縛る人がいるでしょうか。
泣いていれば、まず抱きあげてあやし、どうして泣いているのか?と想像力を働かせるだろう。
オッパイがほしいのか?と乳首を近づけてみる。
それでも泣きやまなければ、オムツが濡れているのか?と調べてみる。
熱がないか?と頭に手をやってみる......。